2009年06月20日

モノ・セスキ・ジテルペンはすべて植物から

モノ・セスキ・ジテルペンはすべて植物から、もしくはその精油から、水蒸気蒸留、抽出、クロマトグラフィーといった操作によって得られる。若い植物は炭化水素であるテルペンが、成熟した植物は酸素を含んだ誘導体、例えばアルコール、アルデヒド、ケトンなどを含んだものを生産する。工業的に化学合成され、生産されているテルペンもある。松の樹液から得られるピネンはメンタン、ミルセンやペリルアルデヒド、樟脳など、他のテルペノイドの合成原料として利用される。また、ミルセンからはメントールが製造される。
バンジージャンプ
地球温暖化
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歴史 [編集]
「テルペン」という名称は、アウグスト・ケクレによって考案された、テレピン油 (turpentine) に由来するものである。最初はテレピン油に含まれる炭化水素や樹脂酸といった物質を指す語であった。のちに意味する対象は広がり、語の定義もより正確なものになっていった。テルペンの化学に最も大きく貢献したのは、ケクレのもとで研究を行ったオットー・ヴァラッハと、クロアチア生まれの化学者レオポルト・ルジチカである。

生物によるテルペンの合成(生合成)がどのようにして行われているのかを初めて明らかにしたのはリュネンとブロッホである。彼らはそれらがメバロン酸経路によるものであることを示した。今日ではさらなる研究によって、植物ではイソペンテニル二リン酸 (IPP) やジメチルアリル二リン酸 (DMAPP) へと至る他の生合成経路も存在することが知られており、これはメチルエリトリトール経路(2-C-methyl-D-erythritol 4-phosphate pathway, MEP経路)、あるいは発見者の名をとってローマー経路 (Rohmer pathway) と呼ばれる。メバロン酸経路は細胞質基質に、MEP経路は葉緑体や白色体などのプラスチドに見られる。これらふたつの代謝経路の間で物質がやりとりされることはほとんどない。すべてのモノテルペンとジテルペンはプラスチドで生合成されるのに対し、すべてのセスキテルペンは細胞質基質で生合成される。

細胞質基質でのテルペン生合成(メバロン酸経路)は、酢酸の活性化体であるアセチル補酵素A(アセチルCoA)より始まる。アセチルCoAがクライゼン縮合によってアセチル化体であるアセトアセチルCoAとなり、さらにアルドール縮合を受けるとβ-ヒドロキシ-β-メチルグルタリルCoAが生成する。これがメバロン酸に変換される。

当初、テルペンには抽出された植物などを由来とする名称が与えられていたため、結果として同じ化合物に対して複数の名前が付けられていた。ヴァラッハは1884年にそれらの整理を行い、多くは同一のものであることを示した。1892年には9種のテルペンの存在を明らかにした。また、1884年から1914年にかけて、180ページからなる Terpene und Camphor (テルペンと樟脳)を著した。ヴァラッハはテルペンがイソプレンを元に構成されていることも指摘した。アドルフ・フォン・バイヤーはテルペンの構造の整理に関する研究を行った。しかしながら、長きにわたる調査にもかかわらず、完全に構造がわかっているテルペンは多くなかった。セスキテルペンで初めて正しい分子式が明らかにされたのはサンタレンで、1910年、フリードリヒ・セムラー (Friedrich William Semmler) によるものである。

イソプレン則の原型は1887年にヴァラッハによって提唱され、1922年にルジチカによって「イソプレン則」としてまとめられた。フェオドル・リュネンとコンラート・ブロッホは1964年にテルペンの生合成に関する報告を行い、のち1965年にリュネンは著書 Der Weg der "aktivierten Essigsäure" zu den Terpenen und Fettsäuren (「酢酸」からテルペンおよび脂肪酸への経路)を発表した。

2009年06月02日

バルチック艦隊は戦力の大半を一回の海戦で失った

損害は被撃沈16隻(戦艦6隻、他10隻)、自沈5隻、被拿捕6隻。他に6隻が中立国へ逃亡し、ウラジオストクへ到達したのは3隻(巡洋艦「アルマーズ」、駆逐艦「ブラーウイ」、駆逐艦「グローズヌイ」)のみであった。兵員の損害は戦死4,830名、捕虜6,106名であり、捕虜にはロジェストヴェンスキーとネボガトフの両提督が含まれていた。日本側の損失は水雷艇3隻沈没のみ、戦死117名、戦傷583名と軽微であり、大艦隊同士の艦隊決戦としては史上稀に見る一方的勝利となった[6]。

当時後進国と見られていた日本の勝利は世界を驚かせた。また海戦の結果、極東海域における日本海軍の制海権が確定した。ロシア軍にとっては、満州で対峙する日本軍の補給を断つことで戦争に勝利できる可能性が消滅した。1905年3月の奉天会戦でロシア軍主力の撃滅に失敗した日本にとって、海戦での決定的勝利は和平交渉の糸口となり、ポーツマス講和会議への道を開くことになる。
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ロシア側の6,000名以上の捕虜は、多くが乗鑑の沈没により海に投げ出されたが、日本軍の救助活動によって救命された。また対馬や日本海沿岸に流れ着いたものも多く、各地の住民に保護された。当時の日本は戦時国際法に忠実であり、武士道ともつながる人道主義を末端の小艇の水兵も有していた。ロシア兵捕虜は、日本国民が戦時財政下の困窮に耐える中、十分な治療と食事を与えられ、健康を回復し帰国した。軍法会議での処罰を恐れる士官は日本にとどまることもできた。日本の戦時国際法の遵守は世界各国から賞賛が寄せられた[13]。

ロジェストヴェンスキーは長崎県佐世保市の海軍病院に収容され、東郷の見舞いを受けた。東郷は軍服ではなく白いシャツという平服姿であった。病室にはいるとロジェストヴェンスキーを見下ろす形にならないよう、枕元の椅子にこしかけ、顔を近づけて様子を気づかいながらゆっくり話し始めた。この時、極端な寡黙で知られる東郷が、付き添い将校が驚くほど言葉を尽くし、苦難の大航海を成功させたにもかかわらず惨敗を喫した敗軍の提督をねぎらった。ロジェストヴェンスキーは「敗れた相手が閣下であったことが、私の最大の慰めです」と述べ、涙を流したという。ロジェストヴェンスキーは回復して帰国し、1906年軍法会議にかけられたが、戦闘中に重傷を負い指揮権を持っていなかったとして、無罪となり60歳まで生きた。

日本では、5月27日は海軍記念日に制定された。海軍記念日は第二次世界大戦後に廃止されたが、現在でも日本海海戦記念式典が毎年開催されている。2005年5月には対馬市、横須賀市などでそれぞれ日本海海戦100周年記念の式典や大会が開催された。また、対馬市では海戦後初の合同慰霊祭が行われた。

バルチック艦隊の敗因 [編集]

長途の航海 [編集]
バルチック艦隊は33,340キロもの長大な距離を1904年10月15日から1905年5月27日まで半年以上航海を続けた。初めての東洋の海への不安、旅順艦隊を撃破した日本海軍への恐れは水兵の間に潜在的にまん延していた。カムラン湾出航後はウラジオストクまで寄港できる港がないことから、各艦は石炭を始め大量の補給物質を積み込んでいた。このためただでさえ実際の排水量が設計上の排水量をかなり超過しているロシア戦艦は更に排水量が増えてしまい、舷側装甲帯の水線上高さの減少や、復元力の低下につながり、日本海海戦における各戦艦のあっけない沈没の大きな要因となった。

長期の航海では船底についた貝やフジツボが船足を落とす。当時の軍艦は2か月に1回程度は船底の貝を落としていた。これは本格的にはドックに入らなければできない作業であったから、長い航海の間にバルチック艦隊は徐々に性能を落としていったといえる。

また、燃料である石炭も、無煙炭の確保に苦労した結果、艦自体のスピードの低下や、もうもうと吐く黒煙によって艦隊の位置を知らせてしまう失態を演じてしまった。

2009年04月30日

大仁秀(だいじんしゅう)

大仁秀(だいじんしゅう)は渤海の第10代王。大仁秀は大祚栄の弟であった大野勃の4世孫に当り、傍系の王族ながら大明忠の王位を継承した。

大仁秀が即位した頃、新羅では王族の金憲昌派と憲徳王の対立がある、国内に政治的混乱が発生し、また飢饉の発生により国力を衰退させていた。この状況下、大仁秀は即位直後に新羅に対し軍事行動を起こした。戦闘の結果、新羅は大同江に300里の長城を築き渤海の南下を阻止することとなり、渤海による軍事行動が相応の成果を得たものと考えられる。

新羅との国境を平定した大仁秀は海北の諸部、現在の興凱湖付近の靺鞨の平定に着手した。靺鞨の各部族は唐へ直接入朝していたが、この時期より渤海に服属し、強大な勢力を誇った黒水部の平定にも成功している。平定した靺鞨の地には行政機構を設置し、安定郡や鉄利郡などの行政機構がこの時期に設置された。

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大仁秀は即位後唐に対し臣下の礼を取り、蕃礼を欠かすことがなかった。これに対し唐側でも渤海の入朝を非常に歓迎し、穆宗や文宗などは親しく渤海使と引見し、麟徳殿での宴を賜った記録が残されている。それ以外にも「渤海王子に官を加うるの制」などの勅書が残されており、唐と渤海の親密な関係を現在に伝えている。

事実王族の中から大公則をはじめ入朝させ、李居正・高寿海・朱承朝などの留学生を派遣し唐の文物制度を導入した渤海は大いに発展した。

大仁秀は引き続き日本への遣使を盛んに行なった。即位直後はほぼ2年に1度の頻度で日本に使節を派遣していたが、淳和天皇の時代になると、渤海からの使節が多くの日本の物資を確保する姿勢から使節に対する厚遇を見直す動きが発生した。824年に高貞泰を正使とする使節が来日した際には、応接を拒絶され退還させられ、828年に王文矩を正使とする使節は却廻との処分を受け、渤海使は国賓に非ず、貿易商人なりとの判断を受けそれ以降12年に1度(後に6年に1度に緩和)の遣使との取り決めが行なわれるようになった。東アジアの国際情勢の中で日本との通交により新羅を牽制しようとした渤海側の意図も経済交流に主軸が移り、また当初は国賓の来朝を喜んだ日本側も、度重なる応接及び下賜品という商品の授与に経済的負担を感じ両国の関係に変化が生じてきた結果である。

2009年04月15日

アブド・アッラフマーン3世

アブド・アッラフマーン3世(Abd ar-Rahman III、889年–961年10月15日)は、後ウマイヤ朝の第8代アミールでもあり、初代カリフでもある。第7代アミール・アブド・アッラーフの孫(アミール在位:912年–929年。カリフ在位:929年–961年)。

912年に即位したが、若年で即位したために国内における統率が取れず、王朝内部では主導権をめぐる派閥対立が発生し、国外ではキリスト教徒によるレコンキスタ運動が盛んになったうえ、アフリカ北部の王朝・ファーティマ朝が勢力拡大を目指して侵攻してくるなど、治世前半から難題が積まれてしまった。しかしアッラフマーン3世は若年であるにも関わらず、国内を見事に統率するに至り、敵対勢力も全て撃退するなど、優れた手腕を見せたのである。

そして929年、これらの経緯から君主として自信をつけたアッラフマーン3世は宿敵・アッバース朝やファーティマ朝と対抗するためにカリフとして即位し、ここにイスラム世界は東にアッバース朝、西に後ウマイヤ朝の二大カリフが存立するに至ったのである。その後、レコンキスタを徹底的に弾圧して959年にイベリア半島全土をほぼ支配下に治め、アフリカ北部にも勢力を拡大した。内政においても農業を奨励して生産を倍増させ、軍備を拡大して軍隊の強化に努めた。さらに文化を保護し、イスラム文化と欧州の文化を融合させた一代文化を形成した。このため、後ウマイヤ朝の首都・コルドバは世界商業の一大商業都市として大いに発展し、その人口は30万人以上を数えるに至ったのであった。

キリスト教国との外交も行い、レオン国王サンチョ1世や神聖ローマ帝国皇帝オットー1世に使節を派遣している。

961年、73歳で死去し、後を子のハカム2世が継いだ。

アッラフマーン3世の時代、後ウマイヤ朝はその治世のもとで全盛期を迎えるに至ったのである。なお、彼の生年には異説が多く、一説には891年生まれとも言われている。

ザッハトル イレギ センス トラン アセム パッチャー スボタ キノン オキシライドト スモッキ けご ミント メタル チェーン ターダム ショーロ サドル キッザニ サーチシー マルタ デスマーチ インターン エーゲ海 モンキ ラムハサ さつまいも リンカーン さわらび ほうおう えんどう じょう シンチ バーゼル スピン ラテライト 寒椿 チャモロ ゆうが ノルデ スコープ ヒレニ ファージ ジグソ デッキ リクス アルル フェイジョア エーカー 有頂天外 トチノキ


2009年03月31日

若島権四郎

若嶌 權四郎(わかしま ごんしろう、1876年1月19日 - 1943年10月23日)は、大相撲の第21代横綱。千葉県出身。大坂相撲で最初の横綱。過去にも大坂相撲で横綱土俵入りを行った者はいるが、いずれも吉田司家以外の免許によるものであり、公認代数には含まれていないため、現在に至るまで正式に認められている大坂横綱としては最初のものである。身長178cm、体重116kg。本名は高橋→加藤権四郎。得意手は突っ張り、右四つ、寄り、蹴手繰り、出し投げ。


来歴 [編集]
初め東京で楯山(元大関若嶌久三郎)の弟子になり、松若大五郎の四股名で1890年(1889年とも)初土俵、前相撲から取る。1896年1月に入幕して楯甲と改名。翌1897年5月に若島(当初の四股名は若島大五郎)を継いだ。いわゆる色男で芸者衆からは大変な人気があったとされる。しかし人気に溺れて成績も上がらず、病気も重なって脱走した。大坂加入後、心機一転頭角をあらわして1903年1月から横綱を張り、1905年4月、大坂力士として初めて吉田司家から正式に横綱免許を授けられた。大坂相撲最強の力士で、2敗を喫した大木戸以外の力士はほとんど問題にしないほどだった。突っ張りに威力があり、右差しからの寄りに蹴手繰りなどがある派手な取り口だった。東京との合併相撲では常陸山には分が悪かったが大砲や梅ヶ谷には互角に取る実力を見せ、大坂相撲復興の第一人者となっていた。しかし1905年11月、巡業中に自転車事故でどぶに転落。頭を負傷し、無念の引退を余儀なくされた。引退後は鳥取県米子で劇団やビリヤード場の経営をしたり市会議員になったりしたが、社会奉仕活動に熱心なため次々と財産を使い果たし貧乏であったという。
ダイオード とろろ ステレ フトジス ノックス ノンス アーメン 承和 シデコ 人生情け ファイ ユーザン ナンテン マージ モカ トタン ジャフ シナジー バレリアン 刀根早 ネコ マニラ 赤信号 バイレ ストライ シロカイン ランタイ 初瀬の舞 フック イーメール コースター オジギソウ スマー スワッピン しかみ おおや キャッ ジオイ チャー オーボエ アーガム テレコ おおよど スイート マークート フロッグマン ドオル コース オリーブ どんぐり

若島ほど有為転変な人生を送った力士はいない。入門して間もない1891年10月、巡業先の岐阜県大垣で濃尾地震に遭遇、若島を助け出した兄弟子の楯甲久四郎は崩れた家屋の下敷きになり圧死。その後東京で幕内(前頭7枚目)まで昇進するが1897年には天然痘にかかり巡業でも勝てなくなり、翌年(1898年)大坂相撲で再出発した。

2009年03月16日

比叡山宗教者サミット

昭和62年(1987年)8月3日、4日両日、比叡山開創1200年を記念して天台座主山田恵諦の呼びかけで世界の宗教指導者が比叡山に集い、「比叡山宗教者サミット」が開催された。その後も毎年8月、これを記念して比叡山で「世界宗教者平和の祈り」が行なわれている。

1994年、延暦寺は「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。

境内 [編集]
比叡山の山内は「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」と呼ばれる3つの区域に分かれている。これらを総称して「三塔」と言い、さらに細分して「三塔十六谷二別所」と呼称している。このほか、滋賀県側の山麓の坂本地区には本坊の滋賀院、「里坊」と呼ばれる子院群、比叡山とは関係の深い日吉大社などがある。

三塔十六谷二別所
東塔-北谷、東谷、南谷、西谷、無動寺谷
西塔-東谷、南谷、南尾谷、北尾谷、北谷
横川-香芳谷、解脱谷、戒心谷、都率谷、般若谷、飯室谷
別所-黒谷、安楽谷

東塔
延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂を中心とする区域である。

根本中堂(国宝) - 最澄が建立した一乗止観院の後身。現在の建物は織田信長焼き討ちの後、寛永19年(1642年)に徳川家光によって再建されたものである。1954年(昭和28年)に国宝に指定された。入母屋造で幅37.6メートル、奥行23.9メートル、屋根高24.2メートルの大建築である。土間の内陣は外陣より床が3メートルも低い、独特の構造になっている。内部には3基の厨子が置かれ、中央の厨子には最澄自作の伝承がある秘仏・薬師如来立像を安置する(開創1,200年記念の1988年に開扉されたことがある)。本尊厨子前の釣灯篭に灯るのが、最澄の時代から続く「不滅の法灯」である。この法灯は信長の焼き討ちで一時途絶えたが、山形県の立石寺に分灯されていたものを移して現在に伝わっている。嘉吉3年(1443年)に南朝復興を目指す後南朝の日野氏などが京都の御所から三種の神器の一部を奪う禁闕の変が起こると、一味は根本中堂に立て篭もり、朝廷から追討令が出たことにより幕軍や山徒により討たれる。
文殊楼 - 寛文8年(1668年)の火災後の再建。二階建ての門で、階上に文殊菩薩を安置する。根本中堂の真東に位置し、他の寺院における山門にあたる。
大講堂(重文) - 寛永11年(1634年)の建築。もとは東麓・坂本の東照宮の讃仏堂であったものを1964年に移築した。重要文化財だった旧大講堂は1956年に火災で焼失している。本尊は大日如来。本尊の両脇には向かって左から日蓮、道元、栄西、円珍、法然、親鸞、良忍、真盛、一遍の像が安置されている。いずれも若い頃延暦寺で修行した高僧で、これらの肖像は関係各宗派から寄進されたものである。
法華総持院東塔 - 1980年再建。多宝塔型の塔であるが、通常の多宝塔と異なり、上層部は平面円形ではなく方形である。下層には胎蔵界大日如来、上層には仏舎利と法華経1,000部を安置する。
戒壇院(重文) - 延宝6年(1678年)の再建。
国宝殿 - 山内諸堂の本尊以外の仏像や絵画、工芸品、文書などを収蔵展示する。
浄土院 - 東塔地区から徒歩約15分のところにある。宗祖最澄の廟があり、山内でもっとも神聖な場所とされている。ここには12年籠山修行の僧がおり、宗祖最澄が今も生きているかのように食事を捧げ、庭は落ち葉1枚残さぬように掃除されている。
無動寺 - 根本中堂から南へ1.5キロほど離れたところにあり、千日回峰行の拠点である。不動明王と弁才天を祀っている。貞観7年(865年)、回峯行の創始者とされる相応和尚が創建した。
大書院 - 昭和天皇の即位にあわせ東京の村井吉兵衛の邸宅の一部を移築したもので迎賓館として使用されている。
レオソーム ガードマン ドアマット おぜいゆ ウォッチ チュール ハシェマ タンギ シラン 手をつなご チュウゴ ブルーボ マンダ 散歩道 アカマツ 弾丸ファ スキーマ ロック マコロ 陽炎 長徳国内 セーフ ヒストン マナー プリーナ ルベリー レポオペ ゲエゲア ナンセン ジーンズ プレパレ マスト チェリー ペック ふき小松 トモグラ ショート とうげ シボレー トランジス じくど タッピ そうあん クーペ カタカナ ドラセナ シンバル ぞうげ すうぃ- プログ

西塔
転法輪堂(重文) - 西塔の中心堂宇で、釈迦堂ともいう。信長による焼き討ちの後、文禄4年(1595年)、当時の園城寺金堂(1347年の建立)を豊臣秀吉が無理やり移築させたものである。本尊は釈迦如来立像(重文)。
常行堂・法華堂(重文) - 2棟の全く同形の堂が左右に並んでいる。向かって右が普賢菩薩を本尊とする法華堂、左が阿弥陀如来を本尊とする常行堂で、文禄4年(1595年)の建築である。2つの堂の間に渡り廊下を配した全体の形が天秤棒に似ているところから「担い堂」の称がある。
瑠璃堂(重文) - 西塔地区から黒谷(後述)へ行く途中にある。信長の焼き討ちをまぬがれた唯一の堂といわれる。様式上、室町時代の建築である。
黒谷青龍寺 - 西塔地区から1.5キロほど離れた黒谷にあり、法然が修行した場所として有名である。

2009年03月01日

旧ミュータントサイクル

285.カピン戦隊(後半)
苦悶の声(エルンスト・ヴルチェク)
286.未知の憑依者
未知の憑依者(エルンスト・ヴルチェク)
共生体の時間(クルト・マール)
287.レディと蛮人
レディと蛮人(ハンス・クナイフェル)
天空の金属(クラーク・ダールトン)
288.聖なる隕石の都市
聖なる隕石の都市(H・G・フランシス)
スーパー・ミュータント失踪(ウィリアム・フォルツ)
289.レムール遺跡の秘密
追われるミュータント(ウィリアム・フォルツ)
レムール遺跡の秘密(H・G・エーヴェルス)
290.サイコ・ヴァンパイア
サイコ・ヴァンパイア(エルンスト・ヴルチェク)
時の騎士(クラーク・ダールトン)
291.さまよえるミュータント
さまよえるミュータント(クルト・マール)
ミュータントを追う者(ハンス・クナイフェル)
292.アラスの使命
アラスの使命(ウィリアム・フォルツ)
ミュータントの計画(H・G・フランシス)
293.アトランの裏切り
アトランの裏切り(ウィリアム・フォルツ)
虚空から来た巨人(H・G・フランシス)
294.アスポルク救援船団
アスポルク救援船団(ハンス・クナイフェル)
サヴァイヴァル・スペシャリスト(H・G・エーヴェルス)
295.反世界のステーション
反世界のステーション(H・G・エーヴェルス)
目的地は未知(クラーク・ダールトン)
296.パラドックス知性体
パラドックス知性体(エルンスト・ヴルチェク)
荒廃した世界(エルンスト・ヴルチェク)
297.メタ心理戦争
メタ心理戦争(クラーク・ダールトン)
パラマグの戦い(H・G・フランシス)
298.反物質兵器の恐怖
反物質兵器の恐怖(ハンス・クナイフェル)
ハイパー嵐の中の小惑星(H・G・エーヴェルス)
299.旧ミュータントの帰還
最後のかくれ場(エルンスト・ヴルチェク)
旧ミュータントの帰還(ウィリアム・フォルツ)
300.太陽系帝国の守護者(前半)
太陽系帝国の守護者(クルト・マール)
ティーン プレー ライフ ヒオウ パワー ショー ストーン けん蔵 オキナ ブログパ モーダ みんな ひやまぐ レベル ヒスパ 浪花 ラリエット ランニ ペース 小道 マルドゥク ファンシ クニック フード人気 カンク キャベツ レンドラ 十二支 シロビキ デンド オセロ マット 温海かぶ ダークマン ラタナス アイべりー ノガミー ハイビー ふじなんど ツライ チムール スチロー ニング テスター ナンヨ セファリン アクビラ イザベラ きざら ミルク

銀河のチェスサイクル
300.太陽系帝国の守護者(後半)
不可視の領域(クルト・マール)
301.死へのテレポート
死へのテレポート(ウィリアム・フォルツ)
ラス・ツバイ救出作戦(クラーク・ダールトン)
302.パルピロンの闘技会
パルピロンの闘技会(H・G・エーヴェルス)
権力の勝利(エルンスト・ヴルチェク)
303.策謀のギャラックス=ゼロ
策謀のギャラックス=ゼロ(ハンス・クナイフェル)
恒星マラソン(クルト・マール)
304.氷惑星の決闘
氷惑星の決闘(ウィリアム・フォルツ)
PADを追って(クラーク・ダールトン)
305.〈星の時〉作戦
〈星の時〉作戦(H・G・エーヴェルス)
テラへの巡礼(エルンスト・ヴルチェク)
306.焦点メド・センター
焦点メド・センター(ハンス・クナイフェル)
銀河の深遠(H・G・フランシス)
307.マークス惑星応答なし
ネーサン暴走(クルト・マール)
マークス惑星応答なし(ウィリアム・フォルツ)
308.アンドロ・ペスト
アンドロメダの危機(ウィリアム・フォルツ)
アンドロ・ペスト(H・G・エーヴェルス)
309.反ホムンクの強襲
ポジトロニクス争奪戦(クラーク・ダールトン)
反ホムンクの強襲(ハンス・クナイフェル)
310.時間遠征
タイムマシン狩り(クルト・マール)
時間遠征(エルンスト・ヴルチェク)
311.盗まれた脳
時間改変(H・G・エーヴェルス)
盗まれた脳(ハンス・クナイフェル)
312.ノパロールの地下霊廟
脳マーケット(ウィリアム・フォルツ)
ノパロールの地下霊廟(クラーク・ダールトン)
313.ゼロ時間の橋
ゼロ時間の橋(H・G・フランシス)
ヘルタモシュ誘拐計画(クルト・マール)
314.マクツァドシュの地獄
マクツァドシュの地獄(エルンスト・ヴルチェク)
サイナック・ハンター(ウィリアム・フォルツ)
315.秘密臓器コマンド出動!
秘密臓器コマンド出動!(H・G・エーヴェルス)
ユーロクの遺産(クラーク・ダールトン)
316.無限からの警告
飛行都市(ハンス・クナイフェル)
無限からの警告(H・G・フランシス)
317.サイナック脳の謀略
サイナック脳の謀略(クルト・マール)
ムクトン=ユルの叛乱(H・G・エーヴェルス)
318.フルロックの聖域
フルロックの聖域(ウィリアム・フォルツ)
レイチャの後継者(H・G・フランシス)
319.カトロンの異人
カトロンの異人(ハンス・クナイフェル)
対抗策(エルンスト・ヴルチェク)
320.大執政官の死
大執政官の死(クルト・マール)
狂った脳(ウィリアム・フォルツ)
321.自殺艦隊
幽霊ごっこ(H・G・エーヴェルス)
自殺艦隊(H・G・フランシス)
322.静かな監視者の惑星
静かな監視者の惑星(エルンスト・ヴルチェク)
過去から来たゴリアテ(ハンス・クナイフェル)
323.永遠とのコンタクト
カトロン脈(クルト・マール)
永遠とのコンタクト(ウィリアム・フォルツ)
324.ユーロクとの戦い
パインテクの陰謀(H・G・エーヴェルス)
ユーロクとの戦い(クラーク・ダールトン)
325.七銀河同盟(前半)
暗闇のチェス(クルト・マール)

公会議サイクル
325.七銀河同盟(後半)
七銀河同盟(ウィリアム・フォルツ)
326.ヘトス・インスペクター
ヘトッサの反乱者たち(エルンスト・ヴルチェク)
ヘトス・インスペクター(H・G・フランシス)
327.月面脳ネーサン
テラナーとレジスタンス(ハンス・クナイフェル)
月面脳ネーサン(H・G・エーヴェルス)
328.地球最後の奇術師
地球最後の奇術師(ウィリアム・フォルツ)
秘密保持者(クラーク・ダールトン)
329.アルクトゥルス事件
アルクトゥルス事件(クルト・マール)
暗黒星雲への飛行(クルト・マール)
330.バイオ・プログラム
バイオ・プログラム(H・G・フランシス)
ブーメラン作戦(H・G・エーヴェルス)
331.太陽起爆装置
太陽起爆装置(ハンス・クナイフェル)
死人狩り(エルンスト・ヴルチェク)
332.超重族レティクロン
超重族レティクロン(ウィリアム・フォルツ)
時間トンネル(H・G・エーヴェルス)
333.恒星三角形の呪縛
火山泥棒(H・G・フランシス)
恒星三角形の呪縛(ハンス・クナイフェル)
334.カリブソの監視者
カリブソの監視者(ウィリアム・フォルツ)
太陽ベビー作戦(H・G・エーヴェルス)
335.雷神基地
雷神基地(H・G・フランシス)
ハイパー空間をこじ開けて(クラーク・ダールトン)
336.時間ダイヴァー
時間ダイヴァー(ハンス・クナイフェル)
テラのカウントダウン(エルンスト・ヴルチェク)
337.テラ=ルナ脱出作戦
テラ=ルナ脱出作戦(クルト・マール)
ドレーマーの惑星(H・G・フランシス)
338.星のメールストローム
権力のモニュメント(H・G・エーヴェルス)
星のメールストローム(ハンス・クナイフェル)
339.3460年のゼウス
グロヴァール人の遺産(クラーク・ダールトン)
3460年のゼウス(ウィリアム・フォルツ)
340.収容所惑星ワツティン
ピラミッドの影響圏(エルンスト・ヴルチェク)
収容所惑星ワツティン(H・G・フランシス)
341.生まれざる者の恐怖
恒星五角形(クルト・マール)
生まれざる者の恐怖(ハンス・クナイフェル)
342.レムールの女
レムールの女(H・G・エーヴェルス)
にせイトリンクス(エルンスト・ヴルチェク)
343.鋼球帝国
惑星スティモンドの危機(H・G・フランシス)
鋼球帝国(ウィリアム・フォルツ)
344.メールストロームでの邂逅
メールストロームでの邂逅(ウィリアム・フォルツ)
ひとりぼっちの戦い(H・G・フランシス)
345.肉体喪失者の逃亡
背信のスペシャリスト(クルト・マール)
肉体喪失者の逃亡(クルト・マール)
346.昆虫女王
宇宙のサルガッソー(クラーク・ダールトン)
昆虫女王(H・G・エーヴェルス)
347.温室惑星ローズガーデン
温室惑星ローズガーデン(H・G・エーヴェルス)
対モルケックス爆弾(ハンス・クナイフェル)
348.不可侵領域
不可侵領域(エルンスト・ヴルチェク)
平和の使節(ウィリアム・フォルツ)
349.《メブレコ》の叛乱
人類の利益(ウィリアム・フォルツ)
《メブレコ》の叛乱(H・G・フランシス)
350.アフィリー(前半)
異恒星のもとのテラ(クルト・マール)

アフィリーサイクル
350.アフィリー(後半)
アフィリー(クルト・マール)
351.自由への旅立ち
自由への旅立ち(H・G・エーヴェルス)
沈黙の家(クラーク・ダールトン)
352.アウトサイダーの追跡
アウトサイダーの追跡(ハンス・クナイフェル)
インペリウム=アルファのロボット叛乱(エルンスト・ヴルチェク

2009年02月10日

八十日間世界一周

『八十日間世界一周』(はちじゅうにちかんせかいいっしゅう、原題 Le tour du monde en quatre-vingt jours)はジュール・ヴェルヌによる1872年に発表されたフランスの小説。

イギリス人冒険家フィリアス・フォッグ氏が執事のパスパルトゥーを従え、後期ビクトリア朝時代の世界を80日で一周しようと試みる、波瀾万丈の冒険物語である。古典的冒険小説。
マンモ チンク クンツ きうい ゆうばり イタリティ スペーサー パーラー デモリ スカス タブレット リターン シーシー レーター ロマンス ゲストハ トレー ハンガリー シャツト スペシャル ゼロ クランド オービ ミオーダー ヒュウ ドロー ディガン ほわい レッド ニュー キュラー つきだて 大化の改新 きくもん ブマリン トルコ サーキッ ローカル フォア ケヤキ フェイス ビッグ トリロジー キット 森の小人 レジン パンタロン リクル ストーリ デージ

刊行当時、既にトーマス・クック社主催による世界一周ツアーが行われるようになっており、ヴェルヌはこれに刺激されて本作を書いたと言われている。

物語は1872年10月2日のロンドンに始まる。主人公フィリアス・フォッグ氏は裕福で独身貴族的な人生を謳歌していた。彼には、物事を尋常ではない正確さで行う習慣とトランプゲームに傾注する癖があった(それ以外の私生活は全く謎で、何故大金を持っているかも詳らかでない。が、ロンドンの紳士クラブ「リフォームクラブ」(The Reform Club)のメンバーは一部を除き気にしていないようだ)。そのせいで彼の元執事はフォッグ氏のひげそりに使うお湯の温度を2゚F間違えたために解雇されてしまい、新たにこれまた規則正しい生活を望んでいるフランス人のパスパルトゥー氏が雇われた。パスパルトゥー氏が雇われた日の遅く、「リフォーム・クラブ」でフォッグ氏は他の紳士らとデイリー・テレグラフ紙のある記事について議論をした。同紙に載っていたインドに新たに鉄道が設けられたという記事について、フォッグ氏は「これで世界を八十日で一周することが可能になった」、と主張したのだ。そのスケジュールは次のとおり

フォッグ氏は自らの全財産の半分、20000ポンドを旅費に当て、残りの半分はクラブの仲間たちとの掛け金にした。もし80日間で世界一周を果たせなかった際には、彼は全財産を失うことになる。まだ困惑したままの新しい執事を伴い、彼はただちに出発する。フォッグ氏は10月2日午後8時45分発の列車でロンドンを出発したので、彼のリフォームクラブへの帰還はそれから80日後の、12月21日の同時刻に設定されることとなった。

フォッグ氏とパスパルトゥーは、時間通りにスエズ運河へ到着した。下船しエジプトに滞在している間、フォッグ氏はスコットランド・ヤードの刑事、フィックスにひそかに見張られていた。フィックスは、スコットランド・ヤードによって、ある銀行強盗の捜索のため派遣されていたのである。フォッグ氏の容貌がその銀行強盗の外見的特徴と似通っていたために、フィックスはすっかりフォッグ氏を銀行強盗と取り違えてしまっていたのだ。時間内に令状を取得できなかったため、フィックスは旅行者たちをボンベイへと運ぶ蒸気船に乗船することとなった。旅を続ける間、フィックスは自分のフォッグ氏を逮捕する目的をうまく隠したまま、パスパルトゥーと知り合いになった。

依然として時間通りに、フォッグ氏とパスパルトゥーはボンベイに到着し、交通手段を鉄道に切り替えカルカッタに向かい、それをフィックスは内密に後をつけていた。鉄道の敷設が完了していないことが明らかになると、2つの駅の間の途切れたルートを進むため、フォッグ氏は象を2000ポンドという途方もない値段で購入した。

象に乗り、隣の駅へと向かう途上で、彼らはサティー(インド古来の、未亡人の女性が夫の後を追い殉死する儀式)の儀式へと向かう行列に遭遇し、その中に翌日儀式の生贄にされる若いインド人の女性、アウダを見かけた。その女性が見るからに麻薬で意識を朦朧とさせられており、進んで儀式に参加しようとしている様子ではなかったので、旅行者たちは彼女を救出することを決意する。彼らは儀式が行われる場所まで行列の後をつけ、パスパルトゥーは女性が翌朝その上で焼かれることとなっている、亡くなった夫の死体がある場所を確認し、ある計画を思いついた。夜が明け、儀式が行われている間、パスパルトゥーは突如身を隠していた薪の中から起き上がり、僧たちが恐怖におびえているすきに女性を運び去ったのである。

救出を終えると、一行はアウダを連れ、列車に間に合うように次の鉄道の駅まで象を急がせた。カルカッタで、ついに彼らは香港行きの蒸気船に乗り込む。こっそりと彼らのあとを追っていたフィックスはまたもやカルカッタでフォッグの逮捕令状を取り損ね、香港まで一行の後を追う羽目になった。船の中で、フィックスはパスパルトゥーの前に姿を現し、パスパルトゥーは旅の初期の頃からの知り合いに再会できた事を喜んだ。

香港で、一行がアウダの身柄を預けようとしていた彼女の遠い親戚が、すでに他の土地に移ってしまったのが明らかになり、一行は彼女をヨーロッパまで一緒に連れて行くことにした。その間、未だに令状を手に入れられないままのフィックスは、香港こそイギリスの領土内でフォッグ氏を逮捕できる最後のチャンスだと考えていた。それゆえに、フィックスはパスパルトゥーに自分の意図を打ち明けたが、従順な召使は、自分の主人が銀行強盗であるとはみじんも信じることがなかった。パスパルトゥーが主人に取り急ぎ次の大型船で香港を離れるべきであると知らせるのを防ぐために、フィックスは彼を酔いつぶし、さらには阿片窟に連れ込んで麻薬で意識を麻痺させてしまう。朦朧とした意識の中で、パスパルトゥーはどうにか横浜行きの蒸気船に乗り込んだが、それを主人に知らせるのはうっかり忘れてしまう。

フォッグ氏は翌日、日本への移動手段が絶たれたことに気づいた。彼は次の目的地である横浜へ向かう大型船を必死に探した。フォッグ氏は小さな水先案内船を見つけ、船長に大金を握らせて一行(フォッグ氏、アウダ、フィックス)は横浜経由・サンフランシスコ行きの大型船の出発地・上海へ向かう。洋上で暴風雨に遭うものの、上海で運良く乗船予定の船に助けられる。横浜にて、一行はパスパルトゥーが香港からの蒸気船に乗って横浜にたどり着いていることを信じ、市内を探し回る。ついに一行は、彼が家に帰る資金を稼ぐために、サーカスで一員として働いているのを発見した。

無事再会した4人は、太平洋を横断しサンフランシスコへ向かう蒸気船に搭乗する。フィックスは、イギリスの領土を離れた今となっては、フォッグ氏の旅を邪魔して遅らせようとはせず、むしろできるだけ早くイギリスへたどり着けるよう(というのは彼がフォッグ氏を本国で逮捕したいからであるが)、助力することをパスパルトゥーに約束する。

サンフランシスコで、一行はニューヨーク行きの列車(大陸横断鉄道)に乗り込んだ。旅の途上、列車はインディアンの群れの攻撃を受け、インディアンたちはパスパルトゥーと他の2人の乗客を人質として連れ去ってしまった。フォッグ氏は予定通り旅を続けるか、それともパスパルトゥーの救出に向かうかのジレンマに悩んでしまう。彼は救出を決断し、砦の近くの兵士たちとインディアンの集落に向かい、無事人質たちの解放に成功したのだった。

救出で生じた遅れを取り戻すため、フォッグと一行はそりを雇い、オマハへ向かった。そこでどうにか時間通りにシカゴ行きの列車に乗り込むことができた一行は、シカゴでニューヨーク行きの列車に乗り換えた。しかし、ニューヨークに到着した一行は、乗ろうとしていたリバプール行きの蒸気船が、45分前に出発してしまっていたことを知る羽目になった。 翌日、フォッグ氏は大西洋を横断するための、代わりの手段を探し始める。彼はボルドーへ向かう小さな商船を見つけた。しかし、船長は一行をリバプールへ乗せていくことを拒み、仕方なくフォッグ氏はボルドーへ向かうことを一旦受け入れた。しかし洋上で、彼は乗組員を買収し、船の針路をリバプールへ変更させたのである。常に全力で炉の火を焚き続けたために、船は数日後に燃料を使い果たしてしまった。フォッグ氏は再度べらぼうな値段で船長から船を買い取りなだめすかし、炉を絶やさないために、船の木でできた部分を乗組員たちに燃やさせた。

一行は期限の数日前にリバプールへ到着し、列車に乗り込めば余裕を持ってロンドンへ到着することができるように思われた。しかし、イギリスの領土へ戻った途端、フィックスは令状を取得し、フォッグ氏を逮捕してしまったのだ。そのすぐ後、誤解は解消され、本物の銀行強盗はすでに数日前に逮捕されていたことが判明した。しかし、フォッグ氏は予定していた列車に乗ることができず、12月21日土曜8時50分に、5分遅れでロンドンへ到着した。それは、彼が賭けに負け、全財産を失うことを意味するのであった。

翌日、ロンドンのフォッグ氏邸にて、フォッグ氏はアウダにロンドンまで連れてきてしまったことを詫びた。今後はフォッグ氏は貧乏な生活しか送ることができず、経済的に彼女を支えることができないからだった。アウダは、どのような苦境も2人なら分かちあえると言う、そして、私を妻にしてくれないか、と。彼はパスパルトゥーを呼び、牧師に知らせるように頼んだ。だが、牧師の館で、パスパルトゥーは結婚を断られる。明日が日曜だからだ。一行は東回り航路を旅したため、日付変更線を横切り、丸1日稼いでいたのだ。

パスパルトゥーはものすごい勢いでフォッグ氏の元に戻り、リフォームクラブへと主人を向かわせた。フォッグ氏は期限ぴったりにリフォームクラブへ到着し、賭けに勝利したことを宣言した。こうして、世界一周の旅は終わりを告げた。しかし彼には莫大な出費により、得たものなど何もなかった、ただ一人彼をもっとも幸福な人間にした、美しい女性を除いて。しかし最後にこの作品は全ての計算を放棄する。そもそも人は得られるものがもっと少なかったとしても、世界一周の旅に出かけるのだろう、と。

日本語での同小説の翻訳
鈴木啓二訳(2001年)「八十日間世界一周」(岩波書店)
江口清訳(1978年)「八十日間世界一周」(角川文庫) 
田辺貞之助訳(1976年)「八十日間世界一周」(東京創元社)

『八十日間世界一周』に魅了された人々
ここでは、ヴェルヌの描いた世界の虜になって、主人公フィリアス・フォッグ氏を真似ようとした人々を紹介する。

1899年 - ネリー・ブライは彼女の勤めていた新聞社であるNew York Worldのために世界を80日間で一周しようと試みた。彼女はその旅を72日間で成し遂げてみせた。
1908年 - ハリー・ベンズリーは賭けにおいて、世界を徒歩で、また鉄仮面をかぶりながら一周しようと試みた。
1988年 - モンティ・パイソンのメンバーであるマイケル・ペイリンはBBCの同タイトル(英語での題名:Around the World in Eighty Days )の旅行番組として、フォッグ氏とできるだけ同じルートを飛行機を使わずに辿ろうと試みた。
1993年から現在 - ジュール・ヴェルヌ・トロフィー(The Jules Verne Trophy)は、止まること無くまた第三者の手助け無しに世界を最も短時間で周航するボートが所有することになっている。しかし公式にトロフィーを所有するにはジュール・ヴェルヌ協会へメンバー会費を払わなければならない。現在までの記録保持者は:
2002年: Orange, 64日
1997年: Sport Elec, 71日
1994年: ENZA, 74日
1993年: Commodore Explorer, 79日

映像化
これまで何度か映画化・ドラマ化・パロディ化されているが、主なものは

八十日間世界一周(1956年、アメリカ)
80デイズ(2004年、アメリカ)
また、日本で製作されたアニメとしては

長靴をはいた猫 80日間世界一周(1976年、東映)
アニメ80日間世界一周(テレビアニメ:1987年、日本アニメーション・テレビ朝日)
などがある。

本作の影響を受けた作品
銀河疾風サスライガー(テレビアニメ:1983年、国際映画社・テレビ東京)
大学入試センターテスト「地理B」(1998年、独立行政法人大学入試センター)

電波少年的80日間世界一周
「進ぬ!電波少年」(1998年 - 2002年、日本テレビ)で、本作を元ネタにした企画「電波少年的80日間世界一周」(1999年)が実施された。

2009年01月24日

ロック調のアレンジがなされた『Ζ~』

くさずり ピーエ ヒロイ 翼を広げて ソーセージ ピータ シプレ ハサップ オット ラビア ジョイ サザンカ 建久お スノー ロシア スマク ハッピー フレイン さけかす ストリーム ドザーサイ グアム 白龍支 イーシー ソート ティング マシンガン コンタ レンズ プリクラ くす最新 ジャス ヤマイモ ワンパタハ 空の庭 ビックス フリーフ フレーム タグトゥ ライダー キネシス テキサ らくがん イーユー マイア バチカン フォトレ ディナー いしけんご ハクビ

挿入歌の『ハッシャバイ』を除きレーベルは全てキングレコード)

『Ζ・刻を越えて』(原題:BETTER DAYS ARE COMING)
原作詞・作曲:ニール・セダカ、日本語版作詞:井荻麟、編曲:渡辺博也、歌:鮎川麻弥
オープニング(第1話 - 第23話)
※オリコン週間シングルチャート
20位(1985年3月4日付)、17位(3月11日・18日付)、15位(3月25日付)、20位(4月1日付)
『水の星へ愛をこめて』(英題:FOR US TO DECIDE)
作詞:売野雅勇、作曲:ニール・セダカ、編曲:馬飼野康二、歌:森口博子
オープニング(第24話 - 第50話)
※オリコン週間シングルチャート
16位(1985年8月19日付)、17位(8月26日付)、18位(9月2日付)
『星空のBelieve』(原題:BAD AND BEAUTIFUL)
原作詞・作曲:ニール・セダカ、フィリップ・コーディ、日本語版作詞:竜真知子、編曲:渡辺博也、歌:鮎川麻弥
エンディング(第1話 - 第50話)
『ハッシャバイ』
作詞:井荻麟、作曲:井上忠夫、編曲:宮川泰、歌:間嶋里美
挿入歌(第13話のみ)
『銀色ドレス』
作詞:井荻麟、作曲・編曲:馬飼野康二、歌:森口博子
挿入歌(第20話のみ)
『Ζ・刻を越えて』(原曲は1972年のアルバム「Solitaire」収録)と『星空のBelieve』(原曲は1976年のアルバム「Steppin' Out」収録)は、過去のニール・セダカのアルバム収録曲に新たな詞がついたものだが、『水の星へ愛をこめて』は新規に提供されたものである。なお、『Ζ・刻を越えて』の原曲「BETTER DAYS ARE COMING」のニール・セダカ ヴァージョンは後に10ccとなるメンバーが全員参加している。また、「Solitaire」のアルバムはLP時代の作品で、オリジナルの形ではCD化されていない。

『水の星へ~』はロック調のアレンジがなされた『Ζ~』と比べてポップスの王道という感じの曲だが、これは『Ζ~』のアレンジに納得の行かなかったニール・セダカより大きくイメージを変えないようにという注文が付いたためと言われている。 また、永野がテレビ放送当時に参加したイベントの席上で発言したところによると、当初主題歌についてはヴァン・ヘイレンに未使用曲を譲ってもらおうという案も出ていたらしい。なお、この『水の星へ~』を歌った森口はこの曲が芸能界デビューである。

挿入歌『銀色ドレス』は、冒頭の歌詞から分かるようにカミーユとフォウのことを歌っている。「銀色ドレス」とはシャトルから放出される放射状の白煙が、あたかも銀色のドレスのスカートのように見えることを指す。なお、劇中で挿入歌が使用されたのは一場面のみである。

本作が1988年ごろにテレビ東京系で朝頃に再放送された際は、第1話から後期オープニングに変更されている。バンダイチャンネルによるインターネット配信版[30]では、権利関係上OP・ED曲の差し替えがなされているため、本来の形で視聴できるのはビデオ・LD・DVDなどの媒体、もしくは地方局などの再放送において、ということになる。

また、アーケードゲーム『機動戦士Ζガンダム エゥーゴvs.ティターンズ』及びそのバージョンアップ版の『同DX』には『星空~』を除く上記3曲は収録されている[31]ものの、そのコンシューマ機移植版であるPS2・GC用『機動戦士ガンダム ガンダムvs.Ζガンダム』では収録されていない。VS.シリーズ第7作の『機動戦士ガンダム ガンダムVS.ガンダム』では、登場作品中唯一主題歌が収録されておらず[32]、劇中のBGMで代用されている。

放送リスト
話数 放送日 サブタイトル 脚本 コンテ 演出 作画監督
1 1985年3月2日 黒いガンダム 大野木寛
斧谷稔 今川泰宏 北爪宏幸
2 3月9日 旅立ち 鈴木裕美子
斧谷稔 滝沢敏文 関田修 小林利充
3 3月16日 カプセルの中 川崎知子
斧谷稔 横山広行 兵頭敬
4 3月23日 エマの脱走 丸尾みほ
斧谷稔 川瀬敏文 山田きさらか
5 3月30日 父と子と… 大野木寛
斧谷稔 杉島邦久 金山明博
6 4月6日 地球圏へ 鈴木裕美子
斧谷稔 井内秀治 関田修 北爪宏幸
7 4月13日 サイド1の脱出 丸尾みほ
斧谷稔 知吹愛弓 横山広行 小林利充
8 4月20日 月の裏側 大野木寛
斧谷稔 川瀬敏文 兵頭敬
9 4月27日 新しい絆 丸尾みほ
斧谷稔 杉島邦久 山田きさらか
10 5月4日 再会 大野木寛
斧谷稔 今川泰宏 関田修 金山明博
11 5月11日 大気圏突入 鈴木裕美子
斧谷稔 網野哲郎 横山広行 北爪宏幸
12 5月25日 ジャブローの風 平野靖士
斧谷稔 矢吹愛弓
斧谷稔 川瀬敏文 小林利充
13 6月1日 シャトル発進 大野木寛
斧谷稔 杉島邦久
斧谷稔 杉島邦久 山田きさらか
14 6月8日 アムロ再び 鈴木裕美子
斧谷稔 今川泰宏 金山明博
15 6月15日 カツの出撃 丸尾みほ
斧谷稔 横山広行 関田修 北爪宏幸
16 6月22日 白い闇を抜けて 鈴木裕美子
斧谷稔 本橋鷹王 小林利充
17 6月29日 ホンコン・シティ 遠藤明吾 川瀬敏文 山田きさらか
18 7月6日 とらわれたミライ 鈴木裕美子
斧谷稔 杉島邦久
横山広行 杉島邦久 金山明博
19 7月13日 シンデレラ・フォウ 遠藤明吾 甚目喜一 平林淳 北爪宏幸
20 7月20日 灼熱の脱出 関田修 小林利充
21 7月27日 ゼータの鼓動 大野木寛
斧谷稔 本橋鷹王
斧谷稔 本橋鷹王 山田きさらか
22 8月3日 シロッコの眼 丸尾みほ
斧谷稔 川瀬敏文 金山明博
23 8月10日 ムーン・アタック 鈴木裕美子
斧谷稔 杉島邦久 北爪宏幸
24 8月17日 反撃 遠藤明吾 横山広行 関田修 小林利充
照日四郎
25 8月24日 コロニーが落ちる日* 鈴木裕美子 斧谷稔 平林淳 山田きさらか
26 8月31日 ジオンの亡霊 遠藤明吾 井内秀治 本橋鷹王 北爪宏幸
27 9月7日 シャアの帰還 鈴木裕美子
斧谷稔 川瀬敏文 金山明博
28 9月14日 ジュピトリス潜入 遠藤明吾 森一浩 関田修 小林利充
29 9月21日 サイド2の危機 鈴木裕美子 世良邦男
杉島邦久 杉島邦久 大森英敏
30 9月28日 ジェリド特攻 遠藤明吾 横山広行 平林淳 山田きさらか
31 10月5日 ハーフムーン・ラブ 鈴木裕美子
斧谷稔 森一浩
斧谷稔 妻方仁 瀬尾康博
32 10月12日 謎のモビルスーツ 遠藤明吾 井内秀治 本橋鷹王 金山明博
33 10月19日 アクシズからの使者 甚目喜一 関田修 小林利充
34 10月26日 宇宙が呼ぶ声 鈴木裕美子 川瀬敏文 山田きさらか
35 11月2日 キリマンジャロの嵐 森一浩 平林淳 瀬尾康博
36 11月9日 永遠のフォウ 遠藤明吾 杉島邦久 北爪宏幸
37 11月16日 ダカールの日 鈴木裕美子 横山広行 金山明博
38 11月23日 レコアの気配 遠藤明吾 世良邦夫
斧谷稔 関田修 小林利充
39 11月30日 湖畔 鈴木裕美子 川瀬敏文 山田きさらか
40 12月7日 グリプス始動 遠藤明吾 森一浩
斧谷稔 平林淳 寺東克己
41 12月14日 目覚め 鈴木裕美子 杉島邦久 瀬尾康博
42 12月21日 さよならロザミィ 遠藤明吾 横山広行 恩田尚之
43 12月28日 ハマーンの嘲笑 世良邦夫 関田修 金山明博
44 1986年1月11日 ゼダンの門 鈴木裕美子 川瀬敏文 小林利充
45 1月18日 天から来るもの 遠藤明吾 森一浩 平林淳 山田きさらか
46 1月25日 シロッコ立つ 鈴木裕美子 川瀬敏文
杉島邦久 杉島邦久 瀬尾康博
47 2月1日 宇宙の渦 遠藤明吾 横山広行 恩田尚之
48 2月8日 ロザミアの中で 鈴木裕美子 滝沢敏文 関田修 金山明博
49 2月15日 生命散って 遠藤明吾 世良邦夫 平林淳 敷島博英
50 2月22日 宇宙を駆ける 川瀬敏文 小林利充

2009年01月17日

魔術士オーフェンは魔術が実在するファンタジー小説

魔術士オーフェンは魔術が実在するファンタジー小説だが、一般的な「剣と魔法」的な世界観とはかなり違っている。一般人は現実の近代のようにスーツやTシャツなどに身を包み、一部を除いて剣などを持ち歩くことは殆ど無い(市街地での剣の所持には警察等への届出が必要という事になっている)。大都市には近代的な水道が整備され、高層建築物も数多く作られるなどその文化的・科学的水準は高い。主な照明はガス灯である。貨幣制度も発達しており、キエサルヒマ大陸の何処でも価値が変わらない金貨や銀貨と、地域や塩の相場で価値の変動するソケット(ソルト・チケットの略)紙幣が流通している。蒸気機関もほぼ実用段階に達しており、国家機密であるとされているが発電機も実用化されているらしい。実験段階で性能・信頼性は低いが拳銃などの銃火器も製造されている。

また、この世界において、魔術は重要な要素となっているらしく、喫茶店の氷の作成から医療の最終手段まで幅広く利用されている。そのため、魔術士の社会的地位は高く、最優秀の能力の持ち主なら王宮にさえ勤務できる。ただし、かつては魔術士に対する偏見が横行して「魔術士狩り」が行なれた時代(約200年前)もあり、現在でも地域によっては宗教上の理由などにより魔術士が迫害される事もある。

オーフェン
本作の主人公。20歳。元「牙の塔」の魔術士。本名はキリランシェロ・フィンランディ。両親は生まれてまもなく死亡しており、孤児院で育った後「牙の塔」に入学。やがて最強の魔術士を集めたチャイルドマン教室に所属し、戦闘技術、中でも暗殺技術を叩き込まれ、「サクセサー・オブ・レザーエッジ(鋼の後継)」という二つ名で呼ばれる程のエリート候補生になった。「アーティスティック・バトル・アスリート(戦闘芸術品)」とも。15歳の若年で宮廷魔術士「十三使徒」に推挙されるが、審問に失敗。その直後、ある事件が元で自ら「牙の塔」を離反、以後オーフェンを名乗り、様々な場所と職を転々としてトトカンタに流れ着く(この時点でのトトカンタでの物語が『無謀編』である)。更にトトカンタでアザリーと再会したことをきっかけに、クリーオウやマジクと共に再び各地を転々とする事になる(ここからが『はぐれ旅』の物語)。尚、塔を出奔してからトトカンタへ流れ着くまでの経緯が描かれた物語が『無謀編』に存在する。
オーフェンとは「牙の塔」離反時に「僕は孤児(オーフェン)だ!」と叫び、つけた偽名である。また、正確には孤児「オーファン」の綴りは「Orphan」だが、「オーフェン」の綴りは「Orphen」である。元は「オーファン」として提出、以後編集者との話し合いで「オーフェン」に直されたことがファンブックにて語られている。
黒髪黒目、更には全身黒ずくめの服装と、とにかく黒を好む(黒魔術士の習性、とは本人の弁)。性格は「キリランシェロ」時代とは正反対で、粗暴で大雑把、何かにつけて暴力を振るう傾向にある。「キリランシェロ」時代は、素直で二人の姉に振り回され続けているような性格だったため、イールギットなどその頃の知り合いにキリランシェロである事に気付いてもらえなかった事もあった。
魔術士として仕事をすると身元が割れるため非合法(モグリ)で金貸しを営んでいるが、業績はほとんど上がらず、金には常に困っている。そのため月一回の缶詰爆安市は生命線。彼にとってこれまでで最高の贅沢とは「特売日を逃したために通常値段の桃缶」らしい。
ピアノが弾けるが、いつどこで習い覚えたかは作者にも謎。
工作も得意らしく、『無謀編』では時々、レンガやテーブルを破壊するほどの威力のある鉄球を発射する「エドゲイン君1号」や、ダイアン部長刑事の発注による「無能な部下を怪我させずにいたぶる」為の器具「ボンバー君」1~7号などを製作している。
作者による「はぐれ旅」の後日談構想では天人種族の遺産の無断使用、聖域と接触して壊滅させた罪、大陸結界の破壊等の罪により歴史上最大の罪状により王権反逆罪の賞金首になる。貴族連盟の殺し屋に追われながら魔王オーフェンとして名を広め、結界消失後のキムラック大崩壊において派遣警察を撹乱して教主や死の教師を救助などにより王権反逆罪を重ね、最終的に信仰の拠り所を失ったキムラック教徒たちといっしょに大陸の外に出ていく模様。
クリーオウ・エバーラスティン
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金髪碧眼の少女。17歳。商業都市トトカンタに在する豪商・エバーラスティン家の末娘。興味本位でオーフェンたちについてくる。
商家のお嬢様だが、姉のマリアベルと同じ学校に通うのが嫌で一般市民と同じ学校に通い『戦争クラブ』に所属していた。そのため剣の技術には覚えがあるらしく、何かと剣を持ちたがるが、技術的には人よりも多少腕が立つ程度である。(主に剣を持って)無茶な行為をするが、その行為が必ずしもマイナスになるかというとそうでもなく、寧ろ窮地の自身やオーフェンを救ったりしている事もある。性格はオーフェン曰く「じゃじゃ馬・我がまま・世間知らず・刃物無しにはベッドに入れない猟奇娘」。前髪が2対の渦巻き状になっているという特異なロングヘアであり、「渦巻きから光線を出しそうだ」とも言われたことがある。性格とは裏腹に料理やベッドメイクなど家事は得意であるが、何故かオーフェンたちに料理を作ると材料を台無しにしてしまう。マンガ版『はぐれ旅』4巻以降、ディープドラゴンのレキを頭に乗せていることが多い。
『魔術士オーフェンはぐれ旅』のみ登場